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2009年4月19日 更新
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県指定文化財
有形文化財  絵画  絹本徳川家康画像
 絵画  絹本天海僧正画像
 彫刻  木造聖僧文殊菩薩坐像
 彫
 木造宝冠阿弥陀如来坐像
 彫刻  木造千手観音菩薩立像
 工芸品  経箱
 彫刻  鉄造阿弥陀如来坐像
 彫刻  木造阿弥陀如来坐像
 考古資料  蔵骨器 付慈光寺開山塔出土一括
 考古資料  青石塔婆
 考古資料  板石塔婆
民俗文化財  無形民俗文化財   萩日吉神社神楽
 無形民俗文化財  萩日吉神社やぶさめ
 無形民俗文化財  大野送神祭
記念物  史跡  多武峯瓦塔遺跡
 付出土瓦塔片一括
 史跡  亀の原窯跡群
 天然記念物  タラヨウジュ
 天然記念物  萩日吉神社社叢
 天然記念物  大カヤ
 天然記念物  ヒカリゴケ自生地
 天然記念物  道元平ウラジロ群落
 
有形文化財
絹本着色徳川家康画像
絹本着色天海僧正画像

 
←左記の画像について 
 戦国時代の混乱期に荒廃した慈光寺は江戸時代には幕府より寺領100石を与えられ、復興の基礎をえました。
 その基をなしたのが徳川家康と天海僧正で、ふたつの画像は慈光寺復興にゆかりある二人のものです。 様式から二つ揃って制作、施入されたようで、家康画像の上部には天海僧正の賛があります。
(慈光寺 宝物殿「金蓮蔵」にて展示)




 
木造 聖僧文殊菩薩坐像(慈光寺)

  ヒノキ材、寄木造り、底部は上げ底式内刳(うちぐ)り技法により作製され、がっちりとした体つき、衣文を深くうねりの大きな表現をとっています。昭和58年に実施された保存修理により、銘文が確認され仏師光慶が慈光寺におさめる文殊菩薩像として永仁3年(1295)に作製したことが分かっています。作者光慶は力強い 作風、上げ底式内刳り構造、その名に「慶」を用いることから運慶・快慶を代表とする慶派の流れを汲む仏師と考えられます。現在、慈光寺宝物殿に安置されて います。
(宝物殿「金蓮蔵」にて展示)

木造 宝冠阿弥陀如来坐像ほうかんあみだにょらいざぞう) (慈光寺)

  慈光寺旧浄土院の本尊で、像高56p、ヒノキ材の割矧ぎ造り、目は玉眼とします。 様式から、鎌倉時代前半13世紀代の慶派仏師の制作といわれています。宝冠阿弥陀は、異形阿弥陀如来の一つでもとどり)を結い宝冠を戴き、衲衣のうえ)を着け腹前で定印を結ぶ特徴をもちます。天台宗の本山、比叡山延暦寺では仁寿元年(851)に常行堂じょうぎょうどう)を建て初めて宝冠阿弥陀如来像が安置されました。この像は、慈光寺が天台宗の関東別院として比叡山延暦寺の規範にのっとったことを証明する貴重な存在です。
(宝物殿「金蓮蔵」にて展示)
木造 千手観音立像(慈光寺)

  慈光寺観音堂に伝わる本尊仏で、像高270.0pを測る坂東三十三所観音霊場九番札所に相応しい大作です。品質構造は、ヒノキ材、寄木造り、彫眼、漆塗り となっています。平成七・八年度に実施された保存修理により頭部は天文9年(1549)大仏師法眼長慶により造立、その他は享和2年(1802)の火災に 罹災し同年中に江戸神田の仏工鈴木長四郎により再興されたものです。
(お開帳 毎年4月第2日曜日)



鉄造 阿弥陀如来坐像(霊山院)

 銅像、木造が多い仏像の中では珍しい鉄造りの阿弥陀如来像で、霊山院に伝わりました。像高は34p、全体を一体の鋳型で制作されています。様式から鎌倉時代前半の13世紀代に制作されました。



木造 阿弥陀如来坐像(龍福寺)

  龍福寺阿弥陀堂に安置されている本尊仏です。像高、107.6pのほぼ等身大で、カヤ材による寄木造(よせぎづく)り、彫眼(ちょうがん)、錆下地(さびしたじ)に漆箔(うるしはく)が施されます。作者は不明ですが、重厚で写実的な作風、堅牢な構造から鎌倉時代初頭の制作と考えられます。平成7年に実施された修理により、貞和3年(1347)の修理銘が確認されました。県内の鎌倉新様彫刻を代表する木造仏です。
県指定文化財 経箱

 国宝法華経一品経を納めたものと伝えられています。簡素堅実な造りで、表面は黒漆塗り、内面は朱漆塗りとし、箱外縁を青貝の細片で螺鈿づくりとしています。







県指定文化財 蔵骨器

 南比企窯跡群で生産された約1200年前の須恵器甕で、底に小さな穴をあけ蔵骨器として使われたものです。昭和39年9月から同40年3月にかけて行われた開山塔解体修理に伴う塔地下の発掘調査によって発見されたもので、中には一体分の火葬骨が納められていました。また、蓋として用いられていたものは愛知県常滑地方で生産された常滑焼の大甕で常滑焼としては古い部類の12世紀前葉頃のものです。上半部を打ち欠いて下半部を蓋として使っていました。
慈光寺開山塔出土一括

 解体修理の際出土した前身塔に伴う飾り金具です。火焔、宝珠、風鐸、軒金具、扉金具、鉄釘などから構成されています。前身塔は現在の塔より装飾性に富んだものであったことが分かります。






県指定文化財 青石塔婆あおいしとうば)(慈光寺)
 慈光寺山門跡に、立つ板碑いたび)群です。2mを越す5基の大型板碑を含み9基の板碑が林立する風景は、武蔵型板碑の代表的な景観として著名です。武蔵型板碑とは小川町下里や長瀞町で産出する緑泥石片岩により作成された鎌倉時代から戦国時代の供養塔で、板碑、青石塔婆、板石塔婆などと呼ばれています。ここに立つ板碑には、慈光寺のかつての僧侶名などが記され文字資料としても極めて貴重な存在です。
県指定文化財 板石塔婆

 霊山院境内に建つ永仁4年銘(1296)の2mを超える大型板碑です。二重枠線内上部に大きく流れるような字体の阿閦如来(ウーン)を表す梵字と優美な蓮華座を据え、その下中央に造立趣旨、紀年、両脇に随求真言を配し、板碑として完成された整美さを持っています。


民俗文化財
県指定無形民俗文化財 萩日吉神社神楽

 古文書によると文化9年(1812)より奉納されたことが解り、現在1月の小神楽と4月29日の大々神楽があります。奉納される神楽は神話を題材とする神代神楽で、秩父神社系と上州(群馬県)系の要素を取り入れた特徴的なもので学術上極めて貴重なものと言われています。
県指定無形民俗文化財 萩日吉神社やぶさめ


 三年に一度、木曽義仲の家臣と伝えられる明覚郷(ときがわ町)の3氏と大河郷(小川町)の4氏が萩日吉神社に奉納する流鏑馬です。天福元年(1233)より始まったといわれ、中世武蔵武士の勇壮な姿を今に伝えます。 (次回は平成29年1月を予定しています。)
県指定無形民俗文化財  大野送神祭

 江戸時代の天明大飢饉により疫病がはやったため、当時信州(長野県)で行われていた神事を取り入れて始まったと言われています。この祭りは、疫病神、はやり神を村境に追い払う神事で、山里に春を呼ぶ埼玉県では珍しい神事です。 (毎年4月 第2日曜日)

記念物
県指定史跡 多武峯瓦塔遺跡

  大正13年多武峯神社を再建する時に焼物でつくられた塔の破片がたくさん出土しました。細部の表現も細かく奈良時代末平安時代前期( 約120 0 年前)の貴重な資料とされています。


県指定史跡 亀ノ原窯跡群

  約1200年前の平安時代前半に須恵器と瓦を焼いていた9基の窯跡群です。南比企地方は、関東地方でも有数の須恵器の生産地帯で、亀ノ原窯跡群は、平安時代に限れば南比企地方でも最大規模の窯場です。平成8年〜12年までの調査で、大量の遺物が出土し武蔵国分寺跡や熊谷市の寺内廃寺に瓦を供給していたことが分かりました。
県指定天然記念物  タラヨウジュ(慈光寺)
 
 慈光寺の本堂前にあります。樹高は18.1m、幹回りは2.7mです。比叡山延暦寺第三代座主慈覚大師円仁お手植えと伝えられています。タラヨウジュは葉面を傷つけると黒色に跡が残り、字が書けることから「葉書」の語源ともいわれています。
県指定文化財 萩日吉神社社叢
 
モミとアカガシが混交する照葉樹林からなる社叢です。町指定となっている「児持杉(こもちすぎ)」を含みます。


県指定天然記念物 大カヤ

 幹周り6.6m、樹高16mの巨木です。斜面に沿って26mにわたり枝を張って屹立する姿は、神聖な木として人々に畏敬の念と共に守り伝えられてきたことを伺わせます。推定樹齢一千年もいわれ、一説には慈光七木の一つにも数えられています。


県指定天然記念物  道元平ウラジロ群落

 ウラジロは、葉の裏が白く、常緑で大型のシダ植物です。熱帯や亜熱帯に多く、分布の北限は、福島県の南部海岸地帯で、内陸部では関東平野の周辺にわずかに点在します。道元平のウラジロは内陸北限に近く、群生していることから分布上貴重なものと言われています。この周辺が、局所的に暖帯の気候を示す証と言えます。町内には、リンボクなどほかにも暖帯の気候を示す植物が自生しています。
 
町、県指定無形民俗文化財継承費用に活用するため、
平成27・28年度限定でふるさと納税をお願いしています。
 
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