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トップ教育・生涯学習歴史・文化財国指定史跡 小倉城跡
 
2018年11月1日 更新
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国指定史跡 小倉城跡
小倉城跡概要
 
名称
比企城館跡群 菅谷館跡 松山城跡 杉山城跡 小倉城跡
種別 国指定記念物 史跡
指定面積
419,440,81u (小倉城跡 97,108u)
指定年月日 平成20年3月28日
【歴史】
 
 小倉城跡にかかわる同時代の確実な文書は発見されていないが、江戸時代の『新編武蔵風土記稿』では、戦国時代の関東に覇を唱えた後北条氏の重臣遠山氏を城主として伝えています。
 
 また、『武蔵志』では遠山氏、或いは上田氏とも伝えています。
 
 小倉城は、攻守一体で様々な工夫が凝らされた削平地をつらねた戦国時代の山城で、通称城山と呼ばれる山の山頂から中腹にかかえて所在している。
▲小倉城跡遠景
【立地】
 
 小倉城は、外秩父の山地帯と関東平野の境界にあり、大きく蛇行を繰り返す槻川と山地の自然地形を巧みに取り込んだ天然の要害にあります。
 
 城の位置取りは、槻川―都幾川―古荒川水系を基幹に陸路は鎌倉街道上道と山辺の道(八王子城―鉢形城を結び上州へ抜けるルート)の中間で双方へアクセス可能な位置にあり中世の水陸交通を強く意識したものとなっています。
【縄張り】
 
 本丸に相当する郭1と二の丸に相当する郭2を並列して配置し(並郭式)、郭1南東と郭2南西を堀切り、郭3、郭4を設けています。郭5は独立して井戸沢と呼ばれる谷に面することから「水の手郭」と判断されます。
 
 郭1は土塁の規模、虎口の構造、全ての導線がこの郭に収斂することから他の郭とは序列的に明らかに優先しており本郭(本丸)として位置づけられます。
 
 また、山裾から見ると南からは郭4―郭2―郭1、東からは郭3―郭1、北からは郭1北腰郭―郭1と階段を登るように進まなければ中心である郭1へは入れない構造(梯郭式)となっています。
 随所に折れ曲がった導線と虎口を設置し、鍵の手状の横堀と縦堀が組み合わされた大堀切、櫓台、二重堀切、連続縦堀など多彩な技法により普請されています。

【360℃ビュー】
 
小倉城跡遺跡、大築城跡遺跡の数値地形図データを公開します。
 
 
※利用には専用のソフトウェアが必要です。各自でご用意ください。
※ファイルは圧縮されています。解凍してご利用ください。
▲イメージ図
小倉城跡整備事業
 
 平成22年に小倉城跡保存管理計画が策定され、その内容に基づき事業を展開しています。
 
 平成23年度には、安全管理の一環として、小倉城跡内崩落箇所への立ち入りを制限する安全柵の設置をしました。今年度は、遺構保護と安全面を考慮し、郭1に植生するベイマツ(外来種)の伐採及びチップ化事業を行っています。
 
 また、本年度より小倉城跡調査指導委員会と小倉城跡周辺整備検討委員会が設置され、史跡内外においての整備内容等が検討されています。
▲石垣
▲ベイマツ伐採
小倉城跡発掘調査報告書
   
小倉城跡駐車場
 

 


PDFファイルはこちら
(ogurajou00.pdf: 1706k)
本文終わり
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