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2022年12月6日 更新
かまくらどののじゅうさんにん

広報一覧

令和3年9月号から令和4年5月号まで、比企周辺の自治体で広報のリレーが行われます!

ときがわ町は令和4年4月号になります。

お楽しみに!!

●広報9月号

広報リレーの記念すべき第一回目は「滑川町」からになります!

●広報10月号

広報リレー第二回目は「東松山市」からお届けします!

こうほうくがつごう はちからきゅうぺーじ
こうほうくがつごう じゅうぺーじ

●広報11月号

広報リレー第三回目は「嵐山町」からお届けします!

●広報12月号

広報リレー第四回目は「小川町」からお届けします!

●2022年 広報1月号

広報リレー第五回目は「川島町」からお届けします!

●2022年 広報2月号

広報リレー第六回目は「吉見町」からのお届けになります!

●2022年 広報3月号

広報リレー第七回目は「鳩山町」からお届けします!

●2022年 広報4月号

広報リレー第八回目はわれらが「ときがわ町」からお届けします!

●2022年 広報3月号






広報リレー最終回は「東秩父村」からお届けします!

最後まで広報リレーを見ていただき、
ありがとうございました!

比企一族について

ひきいちぞく ひきいったいをりょうしたごうぞく

源頼朝による鎌倉武家政権創立の原動力となったのが、武蔵武士であることはよく知られています。その武蔵武士のなか、畠山重忠と並び、頼朝の信任が篤かった一族がいました。
それが比企郡を治めた「比企一族」と呼ばれる人たちです。

彼らは鎌倉時代に栄え、北条家により建立3年(1203年)9月2日「比企氏の乱」で滅ぼされました。

ここでは比企一族について紹介致します。



比企の尼 ーひきのあまー

源頼朝の乳母を務めた女性。比企遠宗を夫にもちます。

源頼朝は父:源義朝が戦った平治の乱で平清盛に破れたのち、蛭ヶ小島(現在の伊豆)に配流されたと伝えられています。幼少期より20年間、頼朝は大自然のなか、その地で過ごすことになります。

比企の尼は、現在の三門館跡(滑川町)から、配流中の頼朝に対して20年以上にわたり、米などを送り支えてきました。
比企の尼がいなければ、頼朝が政権を握ることもなかったといわれるほど、鎌倉幕府誕生には重要な人物となっています。

比企 能員 ーひき よしかずー

比企の尼には男児がいないため、妹の子を養子に迎えて比企氏を継がせました。それが比企能員です。
能員は極めて有能な人物で、流人であった頼朝の側近(鎌倉殿の13人のうちのひとり)として、よく仕えていたと言われています。

そのため北条政子が鎌倉幕府二代目将軍:源頼家を産んだ際に、その乳母夫に選ばれました。
さらに娘の若狭の局が二代目将軍:源頼家に嫁いだことにより、外戚としての権力を高めたと伝えられています。

丹後の局 ーたんごのつぼねー

丹後の局は比企の尼の長女になります。頼朝が伊豆に配流されていた際に、比企の尼の言いつけで頼朝に仕えていました。

丹後の局は頼朝の初恋の女性だったのではないかと推測されています。
また丹後の局は頼朝の子であり、初代薩摩家当主:島津忠久を産みます。(忠久の父については、惟宗広言の子だという説もあります。)

忠久を産んだのち、丹後の局は頼朝の側近であり、伊豆の御家人:安達藤九郎盛長に嫁ぎます。

姫の前 ーひめのまえー

姫の前は比企遠宗が比企の尼以外の女性に産ませた子:比企朝宗の娘になります。

鎌倉時代の文献「吾妻鏡」には、容姿が殊更に美しい、絶世の美女と書かれています。
幕府の官女となり、稀にみる頼朝のお気に入りの女性であったため、権威無双の女性であったようです。

北条政子の弟:北条義時に懸想され、源頼朝の計らいで、義時に嫁ぎました。
その際は頼朝が起請文(契約書)に「離別するべからず」と書いてから婚姻を結ぶように、義時に言いつけたと言う。これは我が国において、史上初の契約結婚だったと言われています。

若狭の局 ーわかさのつぼねー

若狭の局は、比企能員の娘であり、二代目将軍:源頼家の側室になります。

頼家との間に息子:一幡(いちまん)と娘:媄子(よしこ)をもうけます。
媄子は四代将軍:源頼経の正室になります。


(出典:「甦る比企一族」比企総合研究センター刊 平成八年十月五日発行)

その他の人物について

ー能本ー
比企の乱で当時二歳だった能本は、大学三郎と称して、鎌倉の比企ヶ谷に住みます。
日蓮上人に帰依し、比企一族の霊を祀ります。

ー仙攪ー
乱後生まれた仙攪は比企郡小川町の陣屋台で「万葉集鈔」(
万葉集を訳したもの)を大成しました。

慈光寺について

じこうじ みなもとのよりとものしんこうがあついてら

武蔵武士の畠山氏の経済的・政治的な基盤を背景に「一山七十五坊」を擁する一大山岳寺院として北関東一帯に絶大なる寺院勢力を誇示していました。

その後、源頼朝などの篤い信仰もあり、より一層の隆盛を誇りました。


じこうじのしゃしん

慈光寺の見どころ!


慈光寺に伝わる法華経一品経は、「慈光寺経」とも呼ばれ、広島県厳島神社の「平家納家」、静岡県鉄船寺の「久能寺経」とともに日本三代装飾経として国宝に指定されています。

慈光寺の詳細についてはこちら 都幾山 慈光寺

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